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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)33号 判決

原告 加藤六郎

被告 特許庁長官

主文

昭和三一年抗告審判第二、四一四号事件について特許庁が昭和三七年一月二三日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

一、原告は特許庁に対し昭和三〇年一二月一日「同点多岐式配電具」について実用新案登録の出願をし(昭和三〇年実用新案願第五四、八一一号)、昭和三一年一〇月三日付訂正書で「同点多岐式配電具」を「同点多岐式プラグ」と改め、同年一〇月一一日拒絶査定を受け、同年一一月一〇日抗告審判の請求(昭和三一年抗告審判第二、四一四号)をした。ところが、特許庁は昭和三六年一一月四日付同月七日発送の拒絶理由通知書をもつて、 「本件出願は合議の結果下記の理由によつて拒絶すべきものと認める。これについて意見があれば本書発送の日から四十日以内に意見書を差出されたい。

(理由)

本願の考案はその説明書並びに図面の記載が不備のためその要旨が不明瞭であるから、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)、第一条の考案と認めることができない。ただし意見書提出の期間内に要旨を明瞭にするように説明書並びに図面を訂正すればこの限りでない」。

との拒絶理由通知をした上、昭和三七年一月二三日、右拒絶理由通知にもかかわらず原告はその所定の期間内に意見書の提出をしなかつたものとし、前記の拒絶理由によつて本願はこれを拒絶すべきものとして、抗告審判の請求は成り立たないとの審決をし、その審決書の謄本は同年二月一〇日原告に送達された。

二、しかし右審決は違法であつて取消さるべきである。すなわち審決は右のように原告が意見書提出の期間内に意見書を提出しなかつたというのであるが、原告はその提出期間内である昭和三六年一二月一三日浜松郵便局受附の書留速達郵便をもつて、訂正書差出書及び訂正書を訂正図面とともに特許庁に差出し、翌一四日現に特許庁に到達している。よつて右審決の取消を求める。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次の通り述べた。

一、原告主張事実は全部これを認めるが審決は違法ではない。

二、本件抗告審判事件は実用新案法施行法第二一条第一項の規定によりなお従前の例によつて審理さるべきものであるが、旧実用新案法施行規則(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三四号)第七条で準用される旧特許法施行規則(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三三号、以下単に旧特許法施行規則という)第一〇条には「特許庁ニ対シ特許権又ハ特許出願後其ノ出願ニ関シ書類其ノ他ノ物件ヲ差出ス者ハ之ニ其ノ特許番号又ハ願書番号及発明ノ名称ヲ表示シ審判、抗告審判又ハ再審ノ請求後其ノ請求ニ関シ書類其ノ他ノ物件ヲ差出ス者ハ之ニ審判番号又ハ抗告審判番号ヲ表示スヘシ」と規定せられている。してみれば、本件抗告審判事件で訂正書並びに図面等が適法に受理されるためには、それらの書類に抗告審判番号が表示されていなければならない。ところが原告提出の訂正書差出書、訂正書及び図面のいずれにも抗告審判番号の表示はなく抗告審判請求人という表示すらも全く見当らない。これでは、これら書類が抗告審判請求に係属する事件の、その請求に関し差出された書類としての適法性を欠いたものであるといわなければならない。そこで、このような不適法な書類の提出の結果として、特許庁では、前記の訂正書等はこれを本件抗告審判の請求に関し差出された書類と識別して取扱うより所がなく、昭和三〇年実用新案登録願第五四八一一号に関し、その審査につき差出された書類として取扱い、その出願整理簿によれば、右出願は既に昭和三一年一〇月一一日に拒絶査定せられているので、右書類は拒絶査定後の接受にかかるものとして昭和三七年二月二七日付の不受理通知書(乙第一号証)をもつてこれを受理しなかつたものである。従つて原告主張の提出書類は不適法なものであり、これに因由して爾後の事務上の手続において不受理となり、その当然の結果として審判官の手許に到達せずに審決されたものであつて、その責はすべて原告にあり、審決には何等の違法もないものである。

もつとも、原告は前記訂正書等を入れて郵送した封筒の表側(乙第二号証の(イ))には、「(審判官佐藤薫殿)」と鉛筆書きで記載し、又該封筒の裏側(乙第二号証の(ロ))には、「(昭和三〇実願第五四、八一一号、昭三一抗告審判第二、四一四号)」と記載している。しかしこれは書類を収納郵送すべき封筒であつて、これは前記施行規則にいう書類ではない。そして特許庁事務処理の慣行として、明らかに特許庁審判部宛のものが審判部書記課に送致される外は、郵送受付物については概ね出願課受付に送られ、ここでその貼付切手の差出郵便局の消印日付の確認記帖と、訂正書在中等の表面記載事項と在中文書とが一致するかどうかの照合確認とを行つた後、在中文書はこれを封筒と別に格納し、書類だけを出願課整理係に送致し、同係でこの書類の爾後の処理を取扱うのが通例である。この際、右出願課受付においては、封筒の表面等における他の記載には不確実な記載が多いので、例えば前記のような、かぎかつこ内の記載事項を取上げ、これを根拠として審査或いは審判のいずれにかかる書類であるかを別途判断して処理することにはしていない。要するに、専ら書類に制式適法に記載された事項に基ずいて爾後の当該処理係に送致しもつてその当該係で処理することに委ねているのであつて、前記のような封筒面における不確実と目される記載事項を一、一在中文書の記載事項と照合し、更にその他の帖簿記載をも追及して確認し、いずれの書類にかかるものであるかを厳密に識別した後、その関係係に送致するようなことはこれを行つていないのが現状の通例の扱いである。従つて前記のようなかぎかつこ内の記載を原告が封筒にしたからといつて、もともとこのような記載が書類にされたものということはできないものであるから、このような記載があるに拘らず、前記の訂正書等を本件抗告審判請求に係る書類として取扱わなかつたことにも何等の違法はないものと思考する。

証拠〈省略〉

理由

一、原告主張事実は当事者間に争いがない。そしてこの当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第七号証、第九号証の一ないし四、乙第二号証の(イ)(ロ)を総合すれば、原告は本件抗告審判事件において拒絶理由通知書記載の意見書提出期間内に、訂正書差出書、訂正書及び図面を特許庁に提出したものであつて右訂正書差出書等には本件実用新案出願拒絶査定に対する抗告審判の番号はこれを記載せず、ただその願書番号を記載したにすぎないものであるが、これらの書類を封入した封筒には、その表側において「特許庁御中」としながら尚鉛筆書ではあるが「(審判官佐藤薫殿)」と書き添え、その裏側には「(昭三〇実願第五四、八一一号、昭三一抗告審判第二、四一四号)」とペン書で記載していることが認められる。

二、事情右の通りであるとすれば、仮りに被告主張のような事情により原告提出の訂正書等が抗告審判の審判官の手許に到達しなかつたとしても、右訂正書等が拒絶理由通知に定めた提出期間内に特許庁に提出せられたことには何等の相違もなく、従つて所定期間内に右書類の提出がなかつたことを理由とする本件抗告審判の審決はこれを違法とするの外はないところである。被告は右書類には抗告審判番号の記載がなく、不適法な書類であると主張するが被告のいう旧特許法施行規則第一〇条の規定は、特許庁の事務取扱の便宜を考慮した訓示規定にすぎず、これに違反した故をもつてその書類を無効とすべき効力規定ではないものと解するのが相当であるから、右被告の主張は失当である。なお被告は現実の特許庁の取扱自体に立脚して種々の主張をするのであり、この取扱は多種多様の書類その他の物件を受理する行政庁の事務処理として、現実にはやむを得ない面もないではないであろうが、これは事務の取扱として一般的には過誤を生じないものとして、一応その取扱がとられているというにすぎないものであり、その取扱の結果過誤を生じた場合まで右の取扱を理由としてその責を免れ得るものとは到底解し得ないところである。従つて本件の場合、現に書類は特許庁に到達しており、これが右の特許庁の一般事務取扱の故に抗告審判の審判官の手許に至らなかつたにすぎないものであつて、審決をする審判官自身の手には入手できなかつたことが事実としても、審決が現に特許庁には到達している書類を到達しなかつたものとした責はこれを免れることはできないものといわなければならない。 三、なお本件では前認定の通り、訂正書等の書類自体には抗告審判番号の記載がないが、これを入れた封筒にはその記載がせられている。そして前記旧特許法施行規則第一〇条の規定は、特許庁の事務取扱の便宜のための規定には相違のないところであり、この事務取扱の便宜を考慮する場合、書類封入の封筒に抗告審判番号等の記載があれば、その書類の識別には格別の困難もないわけであるから、右のような場合は、前記のような記載をした封筒もまた右法条にいう書類と同様にこれを取扱うのが相当であろう。

四、以上の通りであるから本件抗告審判の審決の取消を求める原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)

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